天国から地獄
朝目を覚ますと窓の外はひどい土砂降り。自転車での通園を諦めることにする。
保育園までは1.5km以上ある。自転車を諦めたら、手段はタクシーしかない。辛い。
でもタクシーなら速いし、朝ゆっくり出来るかというとそうでもない。時間が遅くなると、タクシーが捕まらなくなるので、いつもより早い時間に家を出る必要があるのだ。
仕方なく、いつもより早めに子供を起こす。
「起きて!頑張って早く準備したら、タクシーで保育園行けるよ!」
息子は普段乗れないタクシーが大好き。タクシーに乗れるとなれば、登園準備が早く終わることもある。
今日は運悪く朝から会議が詰まっていて、遅刻出来ない。「タクシー」を連呼して急かしながら準備させる。
ダメだ。お盆休みの余波はまだ去っていなかった。魔法の言葉「タクシー」を連呼しても、準備は全然進まない。
そうこうしているうちに、タクシーを捕まえるのが難しい時間になってきてしまった。
とにかく急いでタクシーを、とマンションから出ると、
雨が上がっている。ラッキー!
予定変更である。雨はもう止んでいる。自転車の方が速い。遅刻は出来ない。その上自転車ならタダである!
「自転車で行こう!」
母にとっては福音でも、息子にとっては突然の悲報だ。自分としては頑張って準備したのに、大好きなタクシーに乗れないなんて。
そりゃ、ごねる。
しかしその間にも、家の前を誰かを乗せたタクシーがどんどん通り過ぎて行く。
「ほら、アレもコレもみんなお客さん乗ってる。早く自転車乗って!ママ会社に遅刻しちゃう!」
しかし頑として自転車には乗らない。時間はどんどん過ぎる。母の焦りは加速して第2宇宙速度目前である。
突如息子は宣言する。
「歩いて行く!」
無理ぃぃぃぃ!何分かかると思っているのだ。そんなの大遅刻だ。
「歩いて行きたかったらあと30分は早く起きなくちゃだったんだよっ!」
母の焦りは、とうとう成層圏を抜けて、宇宙に到達する。さようなら地球。気分はボイジャー1号である。
ところが、宇宙に出てみれば地球は青くて美しいのである。ここで何故か急に冷静になる私。
ああ、そうだ。母の目にはダラダラ準備していたように見えるけれど、彼なりにタクシー乗ろうと急いで準備したのだ。その証拠にいつもよりは多少早かった。それなのに大好きなタクシーに乗れないなんて、ショックなのだ。そんなにすぐ気持ちを切り替えて、自転車には乗れない。
慌てて、怒って仁王立ちの息子に駆け寄って、優しくハグしながら、タクシーに乗りたかった気持ちに寄り添う。
「タクシー乗りたかったよね」
「ママが悪い!」
そうだよね。
「ママが起こす時、時間がかかったから!」
いやそれは君が起きなかったからだよと言いそうになったけど、そういう事じゃない。
遅刻出来なくて急遽自転車に変更したのは私の都合だ。
「そうだね。ごめんね。タクシー乗りたかったよね」
「うん」
息子の怒りが落ち着いたのがわかる。
「自転車乗ってくれる?」
ちいさく頷く。
「ありがとう」
いつもは自分で自転車に乗らせているけれど、今回はうやうやしく抱っこで自転車に乗せて、やっと自転車を漕ぎ出す。
うまく気持ちが切り替わった様子の息子は、自転車の後ろからご機嫌に母に話しかけてくる。
母が人間として未熟なせいで、色々迷惑かけてごめん…君が気持ちを簡単に切り替えられないのは、私に似たんだよね。君は4歳にしては随分切り替え出来ていると思うよ。
(しかし、ブチ切れた後で優しくするのはマインドコントロールの常套手段と聞いた事がある…。ので、早く自制できるようにならなければ!)